金伴繊維ハラマキ物語
■その1
当時のジャパンシルクセンターの専務理事の金沢さんの紹介だと言うことで、2人の美しいモデルさんが、東京から豊橋の当社をわざわざ尋ねてきました。
彼女たちのお話は、「モデルはいつも薄着でおなかを壊しやすいハラマキがほしいのだけれど、デパートに探しに行くと、おじさん用の毛糸のハラマキしかない。ちょっと恥ずかしくて使用できないので、何とかシルクでハラマキを作ってほしい。」との要望でした。
そこで早速研究開発に入り出来上がったのが、今のハラマキで1991年発売以来改良を重ね今日に至っています。
もともとはモデルさんの注文で作り出したハラマキでした。
■その2
もともと国内で開発生産していたのですが、諸般の事情で中国に生産を移すことになりました。
しかし中国ではハラマキをする習慣がありません。つまりハラマキを生産する機械設備が無いのです。
そこで目をつけたのが古い丸編機械。
これに改造を加え試行錯誤を重ね、日本と同等あるいはそれ以上のハラマキを作り上げることに成功しました。
今はたった1台の古い編機をゆっくりゆっくり運転させ、大切に生産を続けている状況です。
当時のジャパンシルクセンターの専務理事の金沢さんの紹介だと言うことで、2人の美しいモデルさんが、東京から豊橋の当社をわざわざ尋ねてきました。
彼女たちのお話は、「モデルはいつも薄着でおなかを壊しやすいハラマキがほしいのだけれど、デパートに探しに行くと、おじさん用の毛糸のハラマキしかない。ちょっと恥ずかしくて使用できないので、何とかシルクでハラマキを作ってほしい。」との要望でした。
そこで早速研究開発に入り出来上がったのが、今のハラマキで1991年発売以来改良を重ね今日に至っています。
もともとはモデルさんの注文で作り出したハラマキでした。
■その2
もともと国内で開発生産していたのですが、諸般の事情で中国に生産を移すことになりました。
しかし中国ではハラマキをする習慣がありません。つまりハラマキを生産する機械設備が無いのです。
そこで目をつけたのが古い丸編機械。
これに改造を加え試行錯誤を重ね、日本と同等あるいはそれ以上のハラマキを作り上げることに成功しました。
今はたった1台の古い編機をゆっくりゆっくり運転させ、大切に生産を続けている状況です。